組織は組織、私は私

2023-01-12



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教会学校に行けるようになるまで

私はずっと、ある教えの下に夫婦になった両親から生まれ、幼い頃からその教えを学んで育った。

だけど訳あって教会学校に通えるようになったのは中学生のときからだった。だから小学生になるまでの間、教会学校に通えるようになることはなく、両親からその教えを学んだ。12年間…ちょっと長い。

敵対心

中学生になって、ずっと通いたかった教会学校に通えるようになったことはとても嬉しいことだったけれど、私はそれまで私を教会学校に通わせてくれなかった存在に対して敵対心を抱いていた。

何も知らずに幸せそうに楽しそうに見えるその人たちをみて、なんだか複雑だった。私はどんどん壁を作って、殻の中に閉じこもった。

でもそんな私の話を聞いてくれる人がいて、そう言う人とその他に縁があって今も繋がっている人が何人か。

今だから思う。もしかしたら彼らは私が思うほどに、私の嫌いな人たちではないのかもしれない。どこかで私の視点が著しく歪んでしまったのかもしれない。

でも私の絡まった思考は解かれることがないまま大人になり、何年も過ぎた。

良いほうに思い込むことで…

そんな中、世間を騒がす事件が起きた。私にとって他人事とは思えない、ものすごい衝撃が走った。私の心の中の敵対心がが強くなった。悔しくもあった。悲しくもあった。

それから半年間、Facebookでいろんな思いを綴ると同時に、いろんな人と話した。そして私は、それまでと異なるいくつかの視点を持つようになった。

ひとつはその組織に対して。

私は、この世界に生まれてきた一人一人が、みんな神の力(愛)によって存在してるってことが、やっと頭の中での理解だけではなく、心で感じられるようになった。そして人に固執しなくなって、組織がどうであれ、私自身にとってはいい意味でどうでもよくなった。なぜなら組織の実情がどうであっても、私にどうにかできる問題ではないから。

神って言うと宗教的で自分とは無縁って思う人がいるのなら、ただ「見えない力」とでも言おうか…。この宇宙が物理的法則に基づいて存在しているように、人も見えない無限の力によって生まれてきて存在させられてると言った感じ?(あくまでも私のフィーリングだけど…)だから、たとえ誰も認めてくれない、誰も共にいてくれないような気がしても、その見えない力によって存在しているのだから不安がる必要はないって、私はそう信じてる。



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もちろん心の中で組織がこうだったらいいなって思い描くものってあるけど、先にも書いたけど他人や組織を私がどうにか動かせるものではないから。だからいい意味で、「組織は組織、私は私」って思ってる。

もうひとつは、信者に対して。

みんな自分たちの幸せのことしか考えてないんだと思ってた。でも、もしかしたら一人一人が世界の平和に向かって、神の愛の文化を広めようと頑張っているのかもしれない。それがただ、その人だけの、その家庭だけの幸せを築いているように見えてるだけで、本当はその幸せを基盤に周りに寄り添おうとしてるのかも知れない。

繋がってる二世の子たちが、世界平和のために周りの個人や家庭に寄り添おうとしてる姿を見せてくれているから、もしかしたらそう言う二世が沢山いるのかもしれないって、たとえそれが妄想だったとしても、そう思っている方が心強いから。

自分に出来ることを実践していく

視点が変わって、じゃぁ私に何ができるのか?って言うところで、結局いつも言ってることだけど、幸せな家庭を築くこと。そして私たち夫婦も子供たちも、その幸せを周囲の個人や家庭にも撒いていけるような心を忘れないでいること。

そしてその心を形にして伝えていく。得意不得意があるから、みんなが同じことをしなくていい。受け取る側だって、受け取りたいものがそれぞれ異なるから、いろんな形で愛が撒かれたほうがいい。だからそれぞれの個性で、神から授かった賜物で、神の愛をたくさんたくさん撒いていけばいい。

神の愛だなんだって、そんなもの信じてなくても大丈夫って言う人だっているだろう。それならそれで構わない。でも、人生何が起こるかなんて分からないから。ふとした瞬間に虚しくなることがあるかもしれない。そんなとき、人との繋がりに救われたりもするから。

だから求められたときに繋がってあげられる機会は作っておきたい。繋がるかどうかは本人次第だから。

私に出来ることはお菓子作りと写真を撮ることかな…。そう言うツールを通して、もっともっと出来ることがあるかもしれない。未来を作っていく子供たちにも寄り添っていきたい。そんなことを思う。

記憶の片隅にでも残しておいてもらえれば…

きっと私が書き綴る思いを読んでいる人の中には、今自分は幸せいっぱいで心に余裕があるから大丈夫、私の子供たちも私が愛してあげてるから大丈夫、あなたのように神を信じなくても生きていけるよって思う人もいるだろう。今そう思うのならそれはそれで構わない。

ただもしも可能なら、私のように神による永遠の愛の下にあると言う安心感を信じることで不安のどん底から立ち直った人がいたってことを記憶の片隅にでも残しておいてもらって、ふと何かをきっかけに抜け出せない不安に陥ることがあったら、「あの人が信じてた神の力で存在してるってのをちょっと信じてみようかな」って思うきっかけになれたらなって思う。誰知れずこっそりでもいい、それでその人が不安から抜け出せるのなら。



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Posted by yukky